母とお好み焼き屋さんで1時間、おしゃべりタイム
初めて聞く話ばかりでした。
中学生の時、大きな音がしたので外に出ると隣の家に焼夷弾が落ちて燃えていたこと、
あちこちの家に火を消しに行ったこと、
夜は窓に黒い紙を貼って、隙間をあけて、外のあかりを家の中に入れたこと、
ある日、姉と2人の目の前で、住んでいた家に焼夷弾が落ちて来て、
自分達の家も焼けてしまったこと、
空襲警報が鳴るたび、焼けて亡くなった人たちをよけながら逃げたこと、
避難所の公園へ行っても、焼けた人が次々と運ばれて来るので、怖かったこと、
赤ちゃんを背負ったお母さんが跳ねるような恰好で焼け死んでいたこと、
おばあちゃんと妹2人は疎開をしたけれど、中学生の母と姉は疎開できなかったこと、
(疎開をするには国の許可がいったそうです)
学校には行けず、毎日、三菱の工場でプロペラのねじをしめていたこと、
中学生の自分達が作った戦闘機(?)で、日本が勝てるはずがないと思っていたこと、
鍋や釜、指輪など、家にあった金属類はすべて国のために出したこと、
おじいちゃんは町内会の会長や消防団の役をして、地域の人たちから頼りにされていたこと、
家は焼けてしまったので、おじいちゃんの実家に身を寄せ、
おかわりをしたかったのにできなくて
「おなかいっぱいやからお茶ちょうだい」と言っていたこと、
やっと長屋を借りられて、そこへおばあちゃんと妹2人が疎開から帰って来て、
家族6人が2間で生活したこと、
など
など
「戦争は絶対にしたらあかんと思う」と母。
先日、父と母が2人で話をしていた時、
「戦争がなかったら私は○○さん(母の名前)をもらえなかったかもしれんな」
と父は笑って言ったとか。
戦争がなければ人生は変わっていたのに…と言う母。
大変な経験をしてきたんだね。
でも、だから、今の私がこの世の中にいるんだね。
ありがとう
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